好きなことやりたいことが必ずしもその人にとって適性とは限らない

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どうも、ホワイトです。

最近「好きなことを仕事にする」「やりたいことだけやって生きる」なんて言葉をよく見聞きしますね。

そうやってお金稼いで生きられれば理想的だし、そういう時代になってきてはいると思う。

かく言う自分もWebデザイナーなんて仕事は好きでやり始めて、今はそれだけで食べていけているのだから、その類の人間になるのかもしれない。

今まで総合格闘技、プロレス、Webデザイナーとやってきて思うことは、必ずしも好きなこと、やりたいことが本人にとっての適性とは限らない、ということ。

これも当たり前っちゃ、そこまでなんだけど、それを分からずにただひたすらに「自分はこれが好きなんだ!」「自分はこれしかやりたくないんだ!」と進んでいる人の多い事。

向いているか向いていないかは、やってみないと分からないから、一時的にはひたすらに、がむしゃらに突き進むのも良いことだと思います。

 

体験談から言うと、まずプロレスが好きでそれをやってみたいと強く思っていたけど体が小さくて叶わなそうだった。

それでも趣味で始めた格闘技で試合に出るようになり、プロのリングにも上がれるようになれた。

そこから縁あって遂にプロレスのリングに上がることが出来た。

格闘技をやっていたといっても、根本にはプロレスが大好きだったというところがあるので、出来る事ならプロレスを続けてみたいと思うのが当然ですよね。

ところがプロレスをやりながら何とも言えぬ違和感を抱え続けていたのは確かなんですよ。

とことんやり尽くすようなところまで言ってないから、そんな感じなのかもしれないし、そんな違和感を抱き続きけていたから、とことんやろうとは思えなかったのかもしれないし、自分でもよくわからないところでした。

何となく「適性」というものを感じていたのかなと今では思ってます。
格闘技をやっていたときには無かった違和感なので、多分そうなんでしょう。

でも、これって実際にやってみないと分からなかったことなんだろうな。

自分の場合は子どもが出来たこと、ケガで手術、ウェブ制作の多忙さにより、一時的にプロレスについては冷静に考える時間が持てたため、すぐに区切りをつける判断ができた。

「違和感」の解消である。

誤解してもらいたくないのは、プロレスの適性は無かったけれどもプロレスをやっていなければ良かったなんてことは思っていない。
その話は長くなるのでまた別の機会にでも。。。

 

話を元に戻そう。

いたすらに突き進む時期があっても良いと思うし、そうやってみるべきだと思う。

ただ、どこかで冷静に判断する時期を持たないと、そのまま人生が大きく狂ってしまうんじゃないのかなって思ってます。

他人の人生にとやかく口出しできるほど成功しているのかって言われると出来てませんよ(笑)

でも自分の周りは湧き出るように、こういう人がまだまだいるから気になってしまう。

  • お金にならないのいにいつまでも小さな団体でプロレスを続ける人。
  • 同じくいつまでもバンド活動してる人。
  • 加齢で体力的なピークを過ぎているのに職や所属を転々としながら格闘技続けている人。

一つのことに打ち込んでいる人を見ていると、必ずと言っていいほど他に適性があったりするんですよ。

「やりたいこと、好きなことだけやる」

そんな言葉にまんまと騙されちゃってバカ見ちゃっているような人が多いので思わず書いてしまった次第。

まぁ人の事を心配する前に自分も「やりたいこと」を追及するために会社辞めちゃったわけなんですけどね(笑)