続く訃報と初アマチュア試合の思い出

どうも、ホワイトです。

6月に入ってプロレス・格闘技関係で2人もの訃報が入ってきた。

2人とも面識があるだけにショックを受けた。

青木選手の訃報

6月初めになり全日本プロレスの青木選手が事故死したという訃報。

Yahoo!のトップに上がってきていたのを目にして驚いた。

特に試合で絡むようなことはなかったが、ある宴席で出会い、その後も飲み屋で偶然一緒になるということが2度ほどあったぐらい。
ただ、自分がもう少し長く現役を続けていたら間違いなくバチバチのリング上で対戦することになっていたであろう。

池田さんのNOAH参戦時には会場で緊張しまくる自分に普通に話しかけてくれて、唯一緊張感なく安心して話せたのは青木選手だった。

これ以上多くを語るほどの間柄ではないが、同世代の知っている方が亡くなるのはショックである。

花井選手の訃報

青木選手の訃報を聞いた数日後に何気なく見ていたTwitterで気になるツイートがあり、辿っていくと「花井岳文選手が亡くなった」という情報が目に入ってきた。

誤報であってくれることを願いながら、仕事もそっちのけで事実かどうかを調べてみたが、残念ながら誤報ではなかった。。。

花井選手との出会いは、ZSTやパンクラスで真・足関十段と注目されるだいぶ前、自分が初めて出場したSAW(サブミッションアーツレスリング)のアマチュア大会。

2000年開催なので19年も前の話。

U-FILEに入って初めてのアマチュア大会、確か自分の出たルーキークラスというのは優勝賞金が3万ぐらい出るからってことで出場したんじゃなかったかな?

1回戦、2回戦と勝ち進み、準決勝で花井さんと当たった。

事前情報も何もなく、当時既に花井さんがコンバットレスリングなどで活躍して、しかも足関が得意だなんてことももちろん知らない。

 

3分1本勝負の試合内容は今でも何故か鮮明に覚えている。

自分が腕十字を取りかけて、その後で花井さんにヒールホールドを取られかけたけど何とか凌いで体制を直しキープしたところで時間切れの判定。

正直あれは自分が勝ってたんじゃないか!?って今でも思っているのはここだけの話(笑)

花井さんはそのまま決勝に進み、余裕の一本勝ちで優勝。

表彰式後に「何でヒール極まらなかったの!?今日は君との試合が一番大変だったよ。」と声をかけてもらったのは今でも忘れない。
確かに決勝戦の相手が激弱だったので、別ブロックだったらな。。。と悔やんだ覚えもある。

 

その後も色々な会場でお会いするたびに声をかけてくれていた花井さん。

自分より年上ではあるが、まだまだこれからの年齢。

 

お二人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。